2007-08-16 p01(uDiary) のつづき

「あ、しまった。水羊羹じゃなくて、ゲキチェンジャーです。 主に危険回避行動時にゲキブラウンに変身するための装置です。」

「ふーん。危険回避って、たとえば、なんじゃい。」

「そうですね。たとえば、 僕の鞄に触ろうとするような輩を、ぼこぼこの、ぎったんぎったんにする時とか。」

「触ろうとしただけで、ぎったんぎったんか。気の短いやつじゃの。」

「なるほど。スクラッチ社の公認を受けられないのには、 その辺にも理由があるのかもしれませんね、ハカセ。」

「その辺以外にも、うなるほどありそうじゃがの。」

「くそ、あの猫、今度会ったら三味線にしたる!」

「なんで、そう、いちいち表現が昭和風味なんじゃ。」

「話をもとに戻しましょう。僕が目を開けて本を読む理由でしたね、ハカセ。」

「ああ、まぁ。」

「もし、僕が目をつぶって本を読んでいたら、どう思いますか? 目をつぶっているくせに、本をちゃんと読めているらしく、それどころか、 周囲で起っていることも全て把握している。」

「ぜひ、座頭市の主役をはってみんか。」

「気味がわるいでしょ、気味がわるいですよねー、ハーカーセー!!」

「ま、ちょ、わかった、わかった。きみっ……げぼ、ごほ、 気味が悪いです。ちょー気色悪い。わかったから、許して、おねがい。」

「わかればいいんです。」

「議論の展開に暴力を用いるのは、いかがかと思うがの。」

「実際問題、視線を向けることなく物を見ることができ、 それどころか、一度に全方位を見渡すことが可能、かつ、 可視光に限らず広い周波数帯域の電磁波を常時感知していて、 実は無線 LAN の暗号解読も三半規管らしきものあたりで行うことができる、 なんて存在と対等に暮すのは困難です。」

「そういうお友だちが一人欲しいとは思うがの。 じゃが、 便所の個室に篭っても隠れた気がしないというのは、どんな感じか想像しがたいの。」

「でしょ。 しかし、われわれのマニピュレータは、通常、普通の人間と同程度の感知能力しか持ちません。」

「ということは、おぬしの、そのジョシコーセーは、普通の女の子程度の能力しか持たんのか。」

「通常形態における情報探索能力に関しては、そうです。 そうすることが、初期潜伏活動用マニュピュレータを設計するときのルールとなっています。」

「あ、わかったぞい。 擬態を行いやすくするためじゃの。 町の秘密を全部しっていたり、わんちゃんとお話できたりしたのでは、目立ってかなわん。」

「それは、主な理由にはなりません。 人外の情報探索能力を常に行使しつつ、完璧に『擬態』をこなすことも、 技術的には可能です。」

「むぅ、ずっこいの。」

「そう、ずるいのですよ。」

「われわれの価値観では、通常想定されていないような 高度な情報探索能力を隠し持つことは、モラルに反する行為とされます。」

「ほっほー。パクリ星人がモラルとは、意外なことじゃ。」

「ですが、ハカセ。模倣を禁止または抑圧するような文化が 恒星間を越えて発展した例は、これまで一つも知られていないんですよ。」

「単に、恒星間を越えて発展した文化が、まだひとつもないだけじゃと思うがの。」

「なるほど。まあ、仮にそうであったとしても、 僕は嘘をいったことにはなりませんけどね。」

「じゃあ、あれか? おぬしらの価値観でいくと、サングラスをかけとるようなやつわー! みたいなことになるのかの?」

「いいえ。サングラスをかけるのは、視線をごまかすためばかりではないでしょうが、 そうであっても、サングラスをかける者は、サングラスをかけているという情報を周囲に公開しています。」

「べつに、公開しているってつもりではないじゃろ。」

「つもりはなくとも、公開されています。 したがって、『この人は、私の顔をみながら話しているようだけれど、 実はチラチラ胸元ばかり見ているんじゃないかしら』などと考えることも可能です。」

「そんなこと考えとったんか、おぬし。」

「ハカセ、僕は、『考えることも可能』といったんですよ。」

「ちっ。固いやつめ。」

「ですが、たとえば、録画装置を隠し持ったり、 盗聴行為をおこなったりというのは、われわれの基準でもアンフェアであると判断されます。 このような行為は、よほど例外的な事態か、特別な権限がないかぎり、正当化されません。」

「そんなわけで、われわれのマニピュレータは、 外見から期待される程度の情報探索能力しか持たないのです。」

「ふーん、なんで宇宙人のくせに携帯電話でしゃべっとるのかと思えば、 そこには、妙なこだわりがあったんじゃの。」

「妙でしょうか。われわれが、この結論に到達するときに前提としている知識も、 推論規則も、地球人のそれと大差ないと思いますが。」

「ただし、本来の適応環境でない地球上での生活は、われわれにとって、 ある意味死と隣り合わせだといえます。」

「ほーなの?ほーなのか。知らなんだ。」

「ですから、マニピュレーターには、 さまざまな情報収集・分析のための装置が搭載されており、 危険をいち早く察知できるようになっています。 もちろん、本来の知覚帯域は可視光領域に限りませんし、 聴覚にあたるものも、人間のそれとは比較にならない感度を有しています。 たとえば、近くで蝙蝠が飛んでいれば、その様子が『聞こえ』ています。」

「なんじゃい、さっきと言っとることが全然違うじゃないか。」

「そんなことはありません。そのように収集された情報は、バックグラウンドで分析され、 特に危険性が認められないかぎり、単に捨てられるだけで、僕の本体には通知されません。」

「うむむむ。」

「通常形態時に収集した情報を、記録・再現するような機能もありません。 もし、僕が通常形態のときに、ハカセが僕の目の前ではずかしい粗相をしでかしたとしても、 それを動画ファイルにして YouTube に晒すようなことは、原理的にできないので、 安心してください。」

「さっきから、『通常形態』を連呼しとるが、変身したらその限りではないというわけじゃの。」

「そうです。」

「われわれは、普段は、いわばリミッタがかかっているような状態で生活をしているわけですが、 そのために命を落とすようなリスクまで引き受けるつもりはありません。」

「まあ、それは、そうかの。」

「なので、緊急事態においては、持てる能力をすべて使いたい。 しかし、こっそり人知れずはずせるようなリミッタでは意味がないのです。」

「なるほど、ちょっとついていけん気もするが、 筋が通っているような気もする。 リミッタを解除するときには、いかにもリミッタが外れていそうな見た目に変化するわけじゃの。」

「そうです。 僕がゲキブラウンになっているときには、アイシールドのおかげで、 どこを見ているのかさっぱりわからないと思いますが、 実際どこもかしこも見えているわけですから、 『外部からはどこを見ているのかわからない』が正解なのです。」

「はぁ。なにやら、どっと疲れたわい。 うかつにパクリ星人の生態について質問するもんではないの。 宇宙人ってのは、みんなそうなのか。」

「情報探索能力の行使については、別のポリシーを持つ種族も存在します。 いつも能力を全開にしている者も、もちろんいます。」

「ただし、情報探索能力に制限をかけないポリシーをもつ種族は、 現地人に内緒で情報を収集することはあっても、 その情報を現地人にフィードバックすることは避けます。 つまり、現地人に存在を知られるようなことをしません。」

「なるほどのぅ。」

「ええ。わかっていただけましたか。」

「うむ。ゲキチェンジャーひとつで、これだけの屁理屈をコネにゃならんのだから、 ニワカ SF ものも大変じゃて。」

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