first contact

あ、オープンしたのか。 そこのファースト・フード店が改修工事をやっていたのは見掛けたことがあったのだが、 今日オープンだとはしらなかった。 遅めの昼食をどこで食べるか決めあぐねていた僕は、 入り口で配られていた「オープン特別サービス」クーポン券を受け取って店内にはいった。

二階にあがり、空席をさがしてざっと見回してみる。 店内はさすがオープン初日らしく混雑していて、空席はそれほどない。 わずかに空いていた席のうち、僕はすみっこの二人席を選んだ。

その隣の四人席は、人はいないのだが食べ散らかしたトレイがそのままで、 本当に空席なのかどうかが判然としない。 ちょっと見た限りでは、私物らしきものはないので、やっぱり空席なのかなぁ。 なんで散らかしたまま帰るんだろう。

「すみません、お客様、こちらの方はお帰りになられましたか?」

僕にこう聞いたのは、いま階段をのぼってきた女性店員だ。 見たところ高校生のアルバイトというかんじかな。

「あ、わかんない。僕が来たときには既にこの状態だったから。」

『状態』って…、などと、言ってしまった直後にプチ後悔している僕に礼をいうと、 その女の子店員さんは、すこし観察した後にその机の上を片付けはじめた。

片付けている途中にも、 「トレイはおあずかりします。ありがとうございました。」などといって、 客の代わりにごみをすてたり(基本的には、トレイの片付けに関してはセルフサービスなのだ)、 めずらしく多いような気がする子供客にトイレの在処をおしえたり、 空いた席を整えたり、ぱたぱたと忙しく働いている。

えらいなぁ、がんばれ。

そう思うものの口にはだすことなく、僕は食べる。 僕の座ったすみっこの席の目の前、ななめ右あたりにゴミ箱がおいてあって、正面の少し先には階段。

どうやら、ゴミ箱の前あたりが彼女の『ホームポジション』であるらしく、 ぱたぱたと動き回っては、そこに戻ってくる。 階段から客がくれば「あちらの席が空いております」、 席があけば、トレイをうけとって片付けというわけだ。

ううむ。ぜひお仕事頑張ってほしいが、それがあまりにも目の前なので、 正直ちょっと食べづらいというか、落ち着かないというか。

あんまり見つめていては申し訳ないような気がして、 僕はすこし視線を落とし気味にしていたのだが、ふと顔をあげてみると、 例の女の子店員さんの後ろにちびっこが二人連なっている。

女の子店員さんの後ろに、おそらく小学校低学年と思われる少年二人が連なってあるく様は、 何世代か前の RPG における表現を彷彿させて、ちょっとおかしい。

程なく、勇者を含んでいそうにないその三人パーティは、僕の目の前にある 『ホームポジション』に戻ってきた。どうやら、少年のうちの一人が 自転車の鍵をなくしてしまったらしい。

「自転車に乗ってきたんだもんね、お店にきたときには、鍵もってたんだよね。」

「あそこの席で食べていて、ごみはここのゴミ箱にすてたのよね。」

聞かれた方の少年は、ほぼ無言でうなずく。 付き添い役の方の少年は、そわそわと小さく横に反復運動している。

「そっか、じゃあゴミ箱のなかを探してみよう。」

そういうと、ゴミ箱のケースをひらき、中にあったキャスタつきの箱を引き出すと、 手をつっこんで探しはじめてしまった。

おいおい。それで見つかればいいけど、見つかるかなぁ。 子供のころ何度も自転車の鍵を紛失しては叱られていた元少年から言わせていただくと、 おそらく鍵はそこにはないぞ。なぜか自転車についたままになっているか、 そうでなければ、探したはずのポケットから出てくる可能性が非常に高い。

あー、でも探してるなぁ。いっそそこから出てきて欲しいよ。

そうこうしている間にも、新しくお客さんはくるし、食べ終わってトレイを返しにくる人もいる。 ほら来た。

「あ、トレイはこちらでおあずかりします。ありがとうございました。」

「うん、ありがとう。」

土曜日なのになぜかセーラー服すがたのその少女は、鞄をわきにかかえなおすと、 すとんとしゃがみこんで、しょんぼりしている方の少年に話しかけた。

「自転車の鍵、どこにあるかわかんなくなっちゃったんだね。」

うつ向くのがデフォルトになってしまった少年は、さらにうつ向くようにしてコクンとうなずく。

「ほら、ボクもいっしょに探してあげるから、元気だそうよ。」

そういうと、少女は手のひらを少年に差し出して、ハイタッチをうながす。

「ほれほれ。」

散々うながされた少年はおずおずと右手を少女の手のひらにあてる。 なぜか、付き添い役の方の反復運動が若干速くなったようだが。まあその気持も、わからんではない。

「よし。こういうときは、一度基本に立ち返ってみようよ。 まずは、ポケットの中を、もう一回探してみよう。お姉さんが探してみてもいい?」

おお。僕もそれがいいと思ってたよ。

「うーん、ポケットのなかの布が、折れ曲がっちゃってるよね……」

ごそごそと少年の右ポケットを探していた少女は、しばらくして、手をポケットから抜く。 その指はなぜか、そう、きっとその少年にとっては心底不思議だと思うが、自転車の鍵をつまんでいる。

(おい!さっき、探したっていってたじゃないか。)とでも言うように、 付き添い役の少年が、うつ向き役だったほうの少年をつつく。 どうでもいいが、二人とも寡黙だな。

「まあまあ、見つかったんだから、よかったじゃないか。 人はね、探したけど見つからなかった場所には、本当に無いと思い込んでしまうもんなんだよ。 もう、これは、ある程度仕方がないよ。悪気があったわけじゃないもんねー。」

「よかったね。気をつけて帰りなよ。」

照れ笑いを噛み殺すような表情に変化した少年は、小さく口をひらいたのだが、 せっかく喉元まで出かかったお礼の言葉を言うまえに、 もう一人の少年に急かされるようにして、階段をかけ降りていってしまった。

「本当にありがとうございます、お客さま。」

「ううん、ごちそうさま。お仕事がんばってね。」

僕が本当はやりたかったんだけど決して出来なかったことを、全て済ませると、 少女は、たたたっと階段を降りていった。


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